チェンホー(鄭和)は明代の宦官で、時の永楽帝の命により1404年〜1433年の間に延べ7回、遠くアフリカにまで遠征を行った人物です。これはヴァスコ・ダ・ガマの航海より70年も早く、また、ガマの一団をはるかに凌ぐ60隻以上の帆船と2万人以上の乗組員を率いての歴史的大航海でした。チェンホーは少なくとも5回マラッカに寄港し、マラッカ王国の創始者パラメスワラに謁見していたことが分かっていますが、そこには海上シルクロードの要衝であるマラッカとの関係を強化し、長い航海に欠かせない補給基地を確保するねらいがありました。マラッカ王国にとっても、明朝との朝貢関係を結ぶことで近隣諸国からの脅威から保護され、安定した繁栄を誇ることが可能になったわけです。チェンホーの航海時代を通じてマラッカには国際色豊かな物資が行き交い、中にはアフリカから運ばれてきたキリンなども含まれていたといいます。
ところで、チェンホーがこの大航海に抜擢された背景には、彼がイスラム教徒であったことが影響しています。この時代、インド洋の海上交通を支配していたのはイスラム教徒のアラブ商人であり、永楽帝は雲南出身のイスラム教徒であったチェンホーを指揮官にあてることで、西進の道を開くことに成功したわけです。パラメスワラもヒンドゥー教からイスラム教に改宗し、マラッカ王国に一層の繁栄をもたらしました。チェンホーとマラッカ王国の歴史については、マラッカ川のほとりにある鄭和文化館でさらに詳しく知ることができます。マラッカを訪れたら是非とも足を運んでみてください。
■Cheng Ho Cultural Museum(鄭和文化館)
[開館] 9:00-18:00 [休み]なし [入館料]大人RM10、子供RM5
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マラッカ王朝時代は商業が発展した |
マラッカ王朝の宮殿を復元した |
鄭和文化館には海底から |





